【感想】娘を森のようちえんに通わせてみて

娘を森のようちえんに通わせました。

3歳になったら入園できるので、3歳になった10月から年長まで、合計3年半通いました。

森のようちえんってなにかと言うと、

・自然の中ですごすことを大切にする

・子どもを主体とした見守る保育

週1回のイベント型だったり、毎日預かる保育園や幼稚園だったり、形は様々。娘が通っていたのはここ。お山の教室。

島根県海士町 島を遊びこむ お山の教室

森のようちえんで、調べると外でガチで遊んでいる写真だらけ。どろだけ、びしょぬれ、木登り など。

私(母)が子供時代でも泥だらけや木登りをしていなかったから、もう一世代前の祖父母の代が遊んでいたような遊び。

これを「子どもらしい」と思うか、「汚い!危ない!うるさい!」と思うか。

思考や嗜好で別れてくると思う。

私は、子どもは子どもらしく好きなことをして遊んでいたらいいと思い、またそんな時代は数年だからと思っている。

更に、私が通った公立の学校が、軍隊に近い運動会の練習とか、なにかをいうと理屈をいうなとか頭から否定する教師がいたりして心底イヤで、「ちゃんとする」ことを使命とし、軍隊のように頭ごなしに命令すること、命令されることにうんざりしていた。

自分がどう思っているか、どんな気持ちなのか、口に出して確認していて、「じゃ、どうしようか?」「どんな気持ちだった?」と問いかけてくれる、島の森のようちえんはいいと思っている。

して欲しくないことは、なぜして欲しくないか理由を伝えたり、丁寧に大人に説明する以上に説明をしている。

また、大人(保育士)が安定している。まず怒鳴ったり、叱ったり、怒ったりはしない。

オランダで「子どもが怒鳴ったり、安定していないのは、そういう大人が周りにいてその大人の真似をしているからだよ」という内容の話を聞いたとき、なるほどな~と思った。

大人自体が安定しているって大事。

個人的には、家で自然の中で遊ぶという経験を、私が全くさせてあげられない。夏は土日に海には行けるけど、夏以外に山を歩いたりとかできない。

島の地元の人のような祖父母の畑も山もない。船もない。

アスファルトやコンクリート以外の道を知ってほしい。今や日本は人のいるところは、アスファルトとコンクリートジャングルだから。

森のようちんと言えば、泥だけになって虫とかつかまえて、図鑑見たりして調べて、なんか自然のモノでいろいろ遊びを工夫したりして…と、森のようちえんの写真のようなイメージ。

森のようちえんで有名なまるたんぼうのサイト。そうそうこんなイメージ。

参考サイト:鳥取県智頭町 まるたんぼう トップ画像

しかし、子どもとは親の思い通りにならないもの。

娘の場合は…

写真を月1回シェアしてくれるので、見ている限り…。

いや、実は私の仕事が娘が通う森のようちえんなので、経営事務方だからめったに現場を見ないのだけど…たまに見る機会もある…。

娘は、森のようちえんと言えばと大人が想像する遊びをまずやっていない…。残念無念。

周りの子はやっている。雨の中カッパを着てびちょぬれになりながら、ビニールシートを屋根にみたて試行錯誤に張り、そこに水がたまるのがおもしろいと、雨の水じゃ足りないからと、水をやかんでくんでかけたり…。

私が見ていてステキな遊びだな~、おっ!そんなことやっちゃう、うわ、すごい!と他の子を見ていたら多々ある。

虫取りが上手な子、虫に詳しい子、図鑑で調べる子、山に育つ木の実をどうにかこうにか取ろうとする子…、そのすべてにあてはまらない娘…。

いや、ときどきはやっているよう。いや、年少や年中のときはやっていたかもしれない。しかし、総じて…

娘は全然母のイメージ通りじゃない!驚愕です。

保護者のお手伝いに参加したとき、私は、決して言わないようにしてました。「娘ちゃん、こっちで楽しそうなことしているよ」「あっちで滑り台やってるよ。○○ちゃんもしたら?」と。大人が誘導しないようにいらないことを言わないように…、でも言いたくなる。

この泥んこ遊びのときとか。あちらで滑り台が盛り上がっているのに、1人でひもをひっぱって遊んでいる。

じゃ、娘は普段なにをしているか、「ごっこ遊び」毎日やったことがほぼごっこ遊びとなっている。

他の子が、しめ縄作ったりしていても、少しすると、ごっこ遊び。

ごっこ遊び。ごっこ遊び。たぶん他もやってたけどこんな印象。

1年半通ってやっと木登りする姿をみかけるようになったり(木登りしながらごっこ遊び)、3年通ってはじめて虫網を持って虫を捕まえている写真があった。めずらしくブランコ作りをする姿があったりしたものなら、母、歓喜。

『おでかけ』という他の森のようちえんではあまりみない、島の地区を週1回おでかけ、お散歩したり、遊んだりするのだが…。

年長(5~6歳)になった娘は、「おでかけ、遊べないからいやだ~」と。自分のしたい遊びができないからって、そんな…。磯に行ってもごっこ遊び。ごっこ遊びのシチュエーションだけは多数だ。

また、雨が降っても外で遊ぶためカッパは重要。モンベルのカッパがそこそこ金額がするし、成長は早いし、3・4歳のころ通常90~100サイズのところを、すぐ大きくなるしと120サイズを買った。そうとう大きかった。

年長になってぴったりになったカッパ。なのに彼女に選択させると、カッパを着ずに雨のあたらないところで遊ぶのだ。そんな~。他の子たちはカッパを着て雨(水)で遊んでいるのに…。

(そんなことを踏まえて、いろいろなことを経験することも大事だと考えているの、あえてカッパを着てお散歩に行くよ~ということもある)

ある朝、娘を送ったときに、男の子たちは朝からかまどに火をつけて雪をとかす試みをしていた。科学の芽だ!と思ってしまった。

こういう雪が火で溶けるなって当たり前のことを実際体験しているかしていないが、小学校の学習が理解できるかかかってくることが今はわかっているらしい。だから幼少のときの実際の体験が大事らしい。

もちろん娘はおいかけっこや他のことをしている…。なにかを作ったり、お絵描きをしたりもしている。自分を飾るモノを作ったり…。

ごっこ遊びもなかなか高次元らしいという話はスタッフから聞く。設定や内容がこまかいらしい。

また、最近では仲良しの子とけんかしたけれど、大人(保育士)なしで自分たちで解決してしまったらしい。

こどものけんかは、親からするととしょうもないことであったりするけれど、それでもなかなか心に折り合いがつかなかったり、言葉足らずで意思疎通ができなかったり。

そんなとき意思疎通ができるように大人はちょっと通訳に入るらしいのだけど、そんな大人の手がいらないぐらい、言葉も巧みになっている。

ときどき親の私も感心するぐらい説明が上手であったりする。

自分の気持ちも織り込み、どんな様子かとか話せる。

これは、みんなそうなのかと思っていたら、やっぱり人それぞれらしく、うちの娘はそこは少し長けているらしい。

あと、集中力。他の親さんが「お山ですごい集中力がついた!」と言っていて、はてさてうちの娘はどうだろう?と思ったら…。

黙々と色を塗ったり、なにかを作ったり、集中力はある気がする。

本土に行ったとき、デパートでの子ども服コーナー。祖父母つき。ちょうど娘が好きそうなキラキラな物が制作できるコーナーがあったので、それをやらして、母は子供服をふらふら見に行ったことがあった。

祖母から聞いたところ、他の子がなんやかんや言ってるところを、娘はすごい集中して作っていたらしい。

ということで、全然意図しない成長や遊びばっかりしてたけど、子どもとはそんなものなのだろうと、そこはあきらめながらも、森のようちえんに通わせていた。

ここに通えば、こうなる!という絶対はないのだなと痛感。親の思うようにはならない!

しかし総じて人間の土台となる部分は養われていると思う。

もちろん、体はしっかりどっしりしている。体幹がついている気はする。

身体づくりは大事だと思っていて、座っている力がないと授業だって集中して聞けないと聞いたことがある。

しかし、娘、足は遅い。登り棒にも上れない(他の子は登れる)。

まぁ、母に似てぷにぷにで筋肉質ではない。母は足もおそけりゃ上り棒にも上れなかったのでいたしかたない。

ということで、通わせてみたから一概にこうなった!と言えないし、子どものやってきたことが違いすぎて保護者の感想は子どもの数だけたくさんありそう。逆に聞いてみたくなるぐらいだ!

お習いごとが悪いわけじゃないけど、子どもの選択ではないし、自由さもない。

そう言ったことも大事だけど、一方で、子どもが自分で選択して遊べる、私世代が、ぎりぎりできていた、小さい頃に親に干渉されず友だちと揉まれながら自由に選択でき遊べるっていうのも大事。

そういう意味では、森のようちえんの多様な環境や多様な選択は、自分でなにをして遊ぶかからはじまり、誰とどう遊ぶか、さらにその子はいっしょに遊びたいのか、遊びたくないのか、みんな仲良くしましょう的な世界でもなく、イヤな思いをしたり、ときには邪魔されずずっと集中してなにかをやりきったりできて、よいなーと思う。

と、なんともまとまらない、で、行ってよかったのかい?悪かったのかい?と聞かれれば、本当に行かせれてよかった。

こんなまとまらないブログよりこちらのnoteを見てもらった方がよっぽどわかるかもしれません。おすすめ。

親がたいへん?

週3回はお弁当である。これも慣れるとへっちゃらだ。

泥だらけで洗濯たいへん?うちの子は比較的きれいなので洗濯がたいへんじゃない。もっと泥だらけになって欲しいぐらい。

用意。年長になると持ち物は自分で管理するようになる。用意もだいたいできるようになる。

最初のうちは持ち物で親は混乱するかもだけど、すべては子どもが気持ちよく遊びこむためだ!と思って用意をしていた。

たかだか手ぬぐい一つ忘れただけで、「さて困った。どうする?」となる。

お山では忘れたからといってすんなり貸してもらえない。まず子どもは忘れたことは自分が困ることだと認識する。

お友だちに貸してもらう!とすぐなったり、お山から貸してもらう!とすぐなればいいか、子どは子どもで、忘れた罪悪感や貸してもらわなければいけないプライドもあるのか、なかなかどういう葛藤があるのかわからないが、「貸して」という言葉が言えずもじもじしている。

そういうとき大人(保育士)は、年齢を考慮しながら「考えてきまったら教えてね」と言って待ったり、「おともだちに借りる?お山から借りる?他になにか持ってる?」とか提案したりする。

そう、忘れ物をする度にこどもは迷ったり・悩んだり、本来遊ぶ時間がどんどん減ってしまう。

大人がすぐ答えをださないのはとても良いと思うけど、忘れ物がそう何度も続くと気の毒なので、ほぼほぼ忘れ物がないように、私も気をつけてはいた。持ち物って大事!話しがそれた。

不便なこと。土曜日が休園日。これは私も仕事が休みなので困っていないが、土曜日仕事の人は…。

全国の森のようちえんは「ようちえん」というだけあって14時ぐらいでおわる。しかし、島の森のようちえんは18時前まで預けられる。

きっと他の森のようちえんよりかは、親さんも働けるんじゃないだろうかとか思うんだけど。

発表会や運動会がないのが特徴で、私は重要視してないから問題なく…。

けがや擦り傷は、成長すると減っていった。

少しのけがなんかは、経験した方がいいと思っているし…。毎日毎日自然の中で遊んでいるし、自分のできるかできないかを考えるようになるので、そんなムチャをしないみたい。

そうだから、私はそんなに困らなかったな。

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